僕は草舟ー君の膵臓をたべたい(ネタバレあり)ー
前にも1度書きましたが、今回はネタバレ込で。
実写映画を見に行くか悩んでましたが、行こうと決意しまして、読み返しの感想です。
君の膵臓をたべたい
この話を小説で読んでほしい理由の一つ。
それは‘僕’の語り方に少し特徴があるから。
主人公である僕は人との関わりが嫌いで友達もいなくて恋人もいなくて、クラスメイトとも関わりを持たない。持とうとしない。興味が無い。
小説が好きな本の虫で図書委員をやっている。
常に世界を第三者として見ているような主人公は人が自分の名前を呼んだ時に、自分のことをどう思いながら呼んでいるのかを想像している。
それがこの小説の中では 【 】として出てきます。
だから主人公の名前は最後までわかりません。
【地味なクラスメイト】くん
【秘密を知ってるクラスメイト】くん
【仲のいいクラスメイト】くん
【仲良し】くん
【ひどいクラスメイト】くん
彼女から呼ばれる名前はコロコロと変わります。
本当は変わっていないのに変わっていくのは僕が変わっていっているから。
僕の心境が変わっている証拠だと思うんですよね。
彼女と関わることで僕は変わっている。
確かに1冊の小説の中で僕は成長して変化している。
僕は草舟。
この言葉結構好きです。
強いものには逆らわない。流されるまま。
どちらかというと私もそういう人間なのでとてもしっくりくる言葉。
でも僕は最後まで草舟だけれど、流されるだけの草舟ではなくなった。
読み返すと今まで見えなかったものも見えてきてさらに楽しい。
そして展開が見えているからこそ悲しくてどうしようもない気持ちになってくる。
ネタバレをします。
彼女は死にます。
それは小説冒頭1行目からわかること。
彼女は病気で、不治の病で、余命は1年ほどだった。
小説の中の時間は短い期間の話です。
彼女の余命はまだ残っていた。
残っているはずだった。
医師から診断された、病気が原因の余命は。
けれど彼女は死ぬんです。
入院していた期間が終わって、残りをどう過ごそうかと、僕と遊ぶ約束をしていた日に。
待ち合わせに来ることもなく、彼女は死んでしまう。
病気なんて関係なく、全く関係なく、通り魔に刺されて命を散らしてしまう。
病気の人も、健康な人も、いつ死ぬかなんてわからない。余命があってもなくても毎日の一日の価値は同じ。違ってはいけない。
小説前半で彼女と僕はそんな話をします。
僕はそうだな、と実感します。読者である私もそれを実感しました。確かに、正当で確かな考え方だ、と納得します。したんです。したはずだった。
けれど、こうと思っていたんです。
彼女は余命で、病気で死ぬんだろうと。
それまでは死なないだろうと根拠の無い自信がどこかにあった。
僕と遊ぶ約束をした彼女は絶対に来るだろうと思っていたし、来なかったとして、死んでしまっているのかもしれない、なんて考えることもなかった。
僕も私も。
納得したはずだったのに。
いつ死ぬかなんてわからない。
だからこそ毎日に価値があって大切で。
全くもって彼女の言っていたことを理解はしていなかったのだと、彼女の死を見て思いました。
また次読み返した時にまた書くかもしれません。
結局映画は見に行きませんでした。
最近また小説を読めてないのでいろいろと時間が出来たら少しずつ紹介増やしていきますね。